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<<   作成日時 : 2011/08/21 11:27   >>

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お久しぶりです。

先日の8月15日と16日に、福島へお墓参りに行ってきました。いろいろと考えさせられたので、そのへんのことを書くのは当然なんですが、それだけでは「僕の本望」は達成されないように思うので、時系列で出来事を振り返ってみたいと思います。

まずは、旧型オデッセイ(もちろん、レンタカーです)で我が家を出発します。我が家と首都高はさほど離れていないので、5分もしないで首都高に乗れてしまうところが、アクセスの魅力の一つかもしれません。

そんなわけで、ブーンと東北道に入りまして、ここからお父さんは結構スピードを出して勝負を仕掛けていきました(?)。とにもかくにも、福島は遠いですからね。まあ事故もなくてよかったのですが、途中でバイクが横転して、中央に投げ出されている場面があったのですが(宇都宮以北)、負傷者はおそらく出ていなかったように思います。

そんな感じでブーンと北上しまして、国見で下ります。ここまではお父さんの運転で、ここからは僕の運転です。約八ヵ月ぶりの運転でしたので、本当に不安でした。もちろん、事故などは起こさなかったものの、その不安は的中でした。

例えば、片側一車線道路では、左により過ぎてしまい、あわやジョリっとすってしまうところでした。キープレフトの法則を守りすぎたわけです。また、毎度のことながら借りた車のブレーキの感覚をつかむまでに時間がかかりまして、かなり下手なブレーキを連発してしまいました。

そんな感じで、野を超え、山を越え、福島県新地町にたどり着くわけです。途中で勢い余って宮城県に入ってしまうのも、この町が宮城県に接しているからこそ起こる現象なわけです。

この町の放射線量は親戚曰くそこまで高くないとのことでして(この話はこの日の夜に聞きました)、とりあえずはお昼をいただいていないので、近所(といっても車で30分くらいのところ)の食堂に僕らだけで食べに行きました(この段階ではまだ親戚と対面していないのです)。

車の長旅というのは、お尻は痛くなるし、頭も痛くなるし、体中のありとあらゆるところが痛くなってしまうものでして、今回も例にもれずでした。おいしい定食をいただき、薬を飲んだら、いざ親戚の家に向かいます・・・。っとその前に、昔遊びに来たときに訪れた相馬港が、今はどうなってしまったのかを見にいきました。

海に近づけば近づくほど、津波の爪あとが垣間見え、そして何より驚いたのが「がれきの山」が至るところにあるわけです。これは、もはやどう表現しても表現しきれない凄まじいものでした。がれきの大きな山が港にたくさんあるわけです。取り除いたがれきの一時的な保管場所になっているようなのですが、本当に言葉が出てきませんでした。

それと同時に、港にあった建物はほとんどが一階がないような状態になっていまして、細い柱だけで支えているような建物がいくつもありました。極めつけは、小さな島が流されていたことです。父曰く、島があったはずのところに島はなく、太平洋がずっと広がっている風景に衝撃を覚えたみたいです。

そんな津波の爪あとを見た後で、親戚の家に向かいました。その家には今回の津波で亡くなった方が住んでいて、その人の兄弟が集まった形です。そのうちの何人かとお寺とお墓に行ってきました。花の水を取り替えたりした後で、再び親戚の家に戻ります。

それからは荷物を部屋に運び、夕食の準備です。最寄のコンビニまで歩いて二時間というわけで、僕たちが到着する前から材料の調達などをしていてくれたみたいで、そこまでは比較的スムーズにいきました。

夕食は庭でバーベキューだったのですが、薪から自分たちで作るという東京では考えられないところからのスタートでとても新鮮でした。チェーンソーを引っ張り出してきて、敷地内の枯れ木をカットします。それらを庭で燃やすわけです。このへんの作業は本当に新鮮でした。僕は薪を作る火の番をしていました。その辺に落ちている枝なども火にいれ、どんどん火を大きくしていきました。

このへんから雲行きが怪しくなってきてしまい、雨が降り出したように思います(遠くの方では雷も鳴っていました)。しかし、庭でのバーベキューは諦めません。なんと、ちょうどいい塩梅のビニール屋根(小学校の運動会などで本部を覆っているあの屋根)がありまして、それでテーブルを覆ったわけです。これで雨にぬれることなく、最後まで楽しむことができました。

この食事中にもいろいろとあったのですが、ここではカットさせていただきます。

二十時くらいに部屋に撤収しまして、僕はそそくさとお風呂に入ってしまいました。出てからはお父さんと親戚の皆様とお酒を飲んで談笑しました(僕は頭も痛かったし、翌日に運転を控えていたのでオレンジジュースを飲んでいました)。

一番しんどかったのは、大学でのことを聞かれたときです。これは僕の周りにいる方なら誰もが納得してくれると思うのですが、僕たちは大学生らしいことを全然していないのです。だから、そのへんのことを聞かれて期待されている答えができないと、申し訳なく思うのと同時に、情けなくなってしまうのです。

一番つらかった質問は、大学で学んでいることが社会のどういう部分で役に立っているのかということです。今ゼミで「フーリエ級数」について勉強しているわけですが、社会のどの部分で役立っているかは、まったく分からないのです。そんな大学生活でいいのかよ!と本当に悲しくなってしまいました。

そんな感じで話をしていて、もう限界だと思ったのが二十三時ぐらいだったかと思います。その日はそこで寝てしまいました。

次の日は朝からいろいろとお手伝いをしてきました。僕は各部屋を掃除機でキレイにするという役目で、朝ごはんの時間にはかなりお腹が減ってしまいました。そして、朝ごはんでは昨日の残り&おいしい料理の数々、そんなわけでかなりエネルギー補給ができたように思います。

その後で、亡くなった方が発見されたところまで車で行ってきました。発見されたのは宮城県内だったそうです。実際に行ってみると、こんなところにまで津波が来たのかよ!というところでした。周りは普通に森でしたし、海からはかなり離れていたように思います。

その後で、その方が亡くなる直前まで乗っていたとされる軽トラックを見に行きました。宮城県亘理郡山元町立中浜小学校に、流された車などが一時的に置かれているわけですが、その中にありました。どの車もそうなのですが、もはや原型をとどめていないのです。軽トラックもかろうじてそれが軽トラックと分かるような状態で、うしろの荷台は、側面などがすべて剥がされてしまっていました。

そして、夥しい数のぐちゃぐちゃの車もそうなのですが、小学校の建物の損壊状況には言葉を失いました。二階部分までのガラスがきれいにないのです。二階ですからかなりの高さになるわけですが、そこまで津波が襲ってきたとのことです。その小学校の子どもたちは三階に避難したそうですが、本当に怖かったと思います。この風景が一番心にのしかかりました。

その後は、一度家に戻り準備をしてこの地を去りました。本当にいろいろと考えさせられました。

帰りはインターまでは僕の運転でして、途中の山越えで蛇がニョロニョロしていたり、ハチが入ってきたこともいい思い出です。

帰りの東北道は福島県内が少し混んでいました。矢板北PAから羽生PAまでは僕が運転したのですが、ここでまさかのゴリラ豪雨の到来です。視界不良の中での準高速運転ということもあってとても緊張したのですが、特に事故を起こすこともなく運転できました。

これまでの高速道路での運転を振り返っていえるのは、やっぱり車間距離は大切です。前の車にピッタリとくっついて運転するばか者などを見かけましたが、本当に危ないです。僕は白線4つ分くらいの車間距離を保って運転するように心がけています。

そして、車線変更するときはしっかりとウィンカーを出しましょう。これをしないと本当に危ないです。ウィンカーを出さない強引な車線変更をするばか者もいまして、あわや追突かという場面を見かけましたが、本当の本当に危ないです。

そんな感じで無事に東京に戻って参りました。本当にいろいろなことがありまして、いろいろと考えさせられました。一番思ったのは、とにもかくにも「身近にいる人を大切にし、感謝する」という当たり前のこと!こんな事態だからこそ、そこのところを強く意識して生きていきたいです。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
親戚の亡くなった方、御愁傷様です。。
テレビ報道とは違うある意味生々しい事が聞けました...
福島が放射能の影響を受けてもいち早く復興を目指そうとする力に驚かされるものとなりました。。
3.11前よりも栄えた福島になることを祈ります!

車での運転は本当に気を付けて下さい。。今日も喫茶の帰り道、バックの確認をせずに待ってる車にサイドを凹ませる事故が起きてました...
安全運転、第一です!!
ペイアン
2011/08/21 11:52
いらっしゃいませ。

福島の復興を目指すパワーはたしかに感じました。僕も栄えることを祈るばかりです。

車の運転は本当に気をつけなければいけませんね。結局はスピードを出しすぎるといった基本的なところで事故はおきやすいように思うので、これからも気をつけていきますb
ロビンソン
2011/08/22 14:27

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